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D611

令和8年留萌本線全線廃止特別限定品

昭和35年1月国鉄浜松工場製(種車D51640)


新製後中津川機関区、稲沢とテスト配置され昭和35年6月苗穂工場にて耐寒装備工事を実施、その後深川留萌支区と本格配置され石炭運搬に従事しましたが昭和45年12月に羽幌炭鉱が閉山となり余剰が発生し昭和46年11月に廃車第一号機となり製造から11年と短い生涯を閉じました。

模型では昭和35年苗穂工場耐寒装備出場時をプロトタイプとして再現しております。

初期の耐寒工事はデフ原形のまま前照灯1灯、清缶剤タンクも撤去されておらずつらら切り、スモークBOX下のエプロンも未着のほぼ原型に近い状態を製造当時のセミグロス塗装で再現しております。


■厳寒のバークシャー機D61

国鉄最終型蒸気機関車として登場したD61はD51では軸重制限から入線できない地方路線用と製造から既に40年を経過していた9600型の置き換えために余剰となったD51の従台車を改造し軸重軽減を図り昭和35年に登場しました。

1号機の中央本線、二俣線での試験走行後、当時9600型を主軸としていた運炭列車本数の多い羽幌線を選定し苗穂工場で耐寒装備を施し投入され、2号機から6号機も同様の目的で同線に投入が続きました。

二軸従台車によるキャブ内の振動環境は安定しているものの9600型やD51と比較し重量級石炭列車引き出し時の空転多発が問題視され更には同時期に速度制限付きでD51の丙線入場も可能になったことから結果的にはD51、9600型と共通運用となってしまいました。

そのような経緯から今後新規製造の必要性がなくなり限定6両で製造打ち切りとなりE10に続く最少数派国鉄蒸気となりました。

D51の改造機であり短命ではあったものの北海道の特定場所に行かなければ見られない希少なバークシャー機であり晩年全機とも深川機関区の前照灯保護のつらら切りを装備した独特の面構えで蒸気末期まで活躍した姿にSLマニアの間では密かに人気を博しました。


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